「企業法務マンサバイバル」のtacさんの「法務の仕事とは何か」というエントリーを拝読し、企業法務の経験や知識ではtacさんの足許にも及ばないことは重々承知のうえで、私も思うところを書いておきたいと思います。

商事法務1913号の、「アパマンショップ株主代表訴訟最高裁判決の意義」と題する落合誠一先生の論考において、「経営判断原則」に関する落合先生の考えが語られています。
もちろんtacさんのエントリーとは全く異なる文脈で語られているものではあるのですが、「法務の仕事とは何か」を考えるにあたり参考になるのではないかと思いますので、少々長いのですが引用したいと思います。


弁護士は、法律の専門家であるが、ビジネスの専門家ではないから、ビジネスの常識に基づき決定されるべき買取価格の相当性は、経営者が判断すべき事柄であり、弁護士が判断すべきことではない。それゆえに本件弁護士は、正当にも、加盟店との関係を良好に保つ必要性が経営上あるか否か、またその必要性との見合いにより決めるべき買取価格は、経営者の判断すべきことであるとして、その点に関する自己の判断を示すのを避けているのである。これは、経験あるビジネス・ロイヤーであれば、いわば当然の対応であり、経営者の判断に任せるべき事項(ビジネスの常識が必要な判断)については、経営の専門家でもない弁護士が自己の個人的な見解を表明することは決してしないはずだからである。なまじ素人見解を示せば、かえって経営者の経営判断に悪い影響を与えかねないからである。要するに、ビジネスの常識が必要な判断事項は、経営者に委ねるのが適切であり、これこそが、経験あるビジネス・ロイヤーとしてのとるべき行動であると判断される。



落合先生は「ビジネス」という言葉と「経営」という言葉を使い分けていらっしゃいますが、乱暴にもこの「ビジネス」という言葉を全て「経営」という言葉に置き換え、さらに、「弁護士」という言葉を「法務担当者」という言葉に置き換えてみます。
そうすると「サポーティング・アクター」として法務担当者の果たすべき最低限の役割を表現した文章として読めるように思います。

そして問題は、社外の弁護士ではなく、社内の法務担当者として、この最低限の役割からどこまで踏み込むか、です。
この問題は、会社の規模や経営者が法務部に期待する役割によって、若干異なってくるのではないかとは思います。
しかし社外の人間ではなく社内の人間としては、「ちょっとでしゃばる」くらいでないと、存在意義がなくなってしまうのではないかというのが、現時点での私の考えです。

「ちょっとでしゃばる」というのは具体的には、
選択肢をできる限り絞り込んだうえで、それぞれのメリット・デメリットやリスクについて説明し、さらに「このような理由から、私はこの選択肢が妥当だと思います」というところまで踏み込む、つまり自分の意見を明確に伝えることです。
最終的には「経営判断」に委ねられることとなるにしても、社内の人間としての意見を、法的な側面から検証したうえで行うことが、「法務の仕事」として必要なのではないかと思うわけです。
この点、社外の弁護士は、実際にそのような判断ができるかどうかにかかわらず、「客観的である」と第三者から評価されるだけの意見に留めておく必要があるのではないかと思います。

つまり、社外の弁護士と社内の法務担当者では、そもそも求められている役割が異なっているはずなので、ここは分けて考える必要があると思うのですね。


ところで現在株式会社ミスミグループ本社のCEOである三枝匡さんの著書、「V字回復の経営」に以下のような言葉がでてきます。


「赤坂三郎はできる男だ。どんどん前に出るし、緻密でもある。間違いなくこれからの経営者タイプだ」


どんどん前に出る、つまり「でしゃばる」ことはリスクを取ることにも通じますが、組織で働く一人の会社員としてはそのようなリスクを取ることも必要なのではないかと思います。(もちろん会社のリスクを低減させることとは別の話です)
そしてその前提として、「緻密である」ことも必要です。この「緻密である」ことは法務担当者としては絶対的に必要な条件で、これをすっとばすとtacさんのおっしゃる、「経験だけで「それは無理」「こうすべきである」とやっている法務パーソン」に成り下がってしまうのでしょう。



ところでまたしても話が飛びますが、「NBL」926号から932号にわたる芦原一郎弁護士の「法務部の機能論と組織論―社内弁護士活用のために」と題する論考に、私は少々違和感を感じていました。
ご存知のとおり、芦原弁護士は「社内弁護士」として、いくつかの会社で活躍され、社内弁護士の役割についてもいろいろなところで考えを発信していらっしゃいます。
しかし私が感じる違和感というのは、芦原弁護士が「ビジネス側」と「法務部」というように、あたかも法務部はビジネスを行っていないかのような表現をされていることです。

私の考えとしては、法務担当者は自社の法律に関わる業務を担当しているわけではありますが、それも当然に自社のビジネスの一部です。
そして自社のビジネスを他部門や経営陣とともに行っているというものです。少なくとも私は自分のやっていることは「ビジネス」だと考えています。
ですから「ビジネス側」と「法務部」と分けて考えるのは、社内ではなく社外の人の発想だと思うわけですね。
そして私たち法務担当者は当然社内の人間ですから、社外の弁護士とは異なる役割を担っているわけです。


このようにつらつらと考えてみると、tacさんが紹介されている野村晋右先生の以下の言葉、


最終的に経営判断に委ねるにしても、事実関係を十分に調査しそれをベースに、法的分析・検討をギリギリまで進めること、そして、できる限り選択肢を狭くしかつ選択の材料を簡潔に判断者に対して提示することが重要である。


これは確かにそうなのだろうと思います。
しかし私としては、ここからあと一歩進んで、「どの選択肢が妥当であるかについて意見を述べる」ところまで行うのが、社内の法務担当者として必要なのではないかと思っています。