株式会社ミスミグループ本社のCEOである三枝匡会長(2011年7月時点)は、ボストン・コンサルティング・グループ出身で、「V字回復の経営」などの著書でも有名ですが、今回ご紹介する本の著者である一橋大学大学院教授の沼上幹先生もやはり、株式会社ミスミグループ本社の非常勤取締役を務められています。

経営戦略の思考法経営戦略の思考法
(2009/09/26)
沼上 幹

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この本を読んで最初に感じたのは、「この内容でこの価格は値付けがおかしいのではないか」という、余計なお世話でした。
というのも、1,900円+税で、これだけ充実した内容の本を読めるというのは、ちょっとした驚きだったからです。

さて本書は全体が3部構成になっており、それぞれが割と独立性の高い構成となっていて、どこを読んでも興味深いのですが、どのように分けられているのか、少し長いのですが著者の言葉を引用してみたいと思います。


まず第Ⅰ部では、これまでの経営戦略の考え方について、過去の経営戦略論を振り返り、相互の位置関係を明らかにする作業を展開する。経営戦略論の領域に関して、いわゆる「学説史」を、ややラフにではあるが、それでも全体がある程度見通せるように記述している。
この学説史の整理を通じて、近年の経営戦略論の領域では、時間展開・相互作用・ダイナミクスを解明する思考法が重要であることが指摘される。とりわけ典型的な日本企業に関して言えば、市場での競争的な相互作用とともに、組織内の相互作用まで含んだダイナミックな議論が研究上魅力的な領域であると思われる。このように考えて、この種の「時間展開・相互作用・ダイナミクス」を読み解くための思考法を、まさに思考法そのものに注目して記述するのが第Ⅱ部である。
この思考法を実際に用いて、日本企業にとって意味のあると思われる経営戦略と経営組織の相互作用の問題を議論するのが第Ⅲ部である。顧客・競争・シナジー・選択と集中・組織暴走などを主要なテーマとして議論していく。最後に、実践を積み重ねつつ時々理詰めの座学を学ぶことの意義を主張して本書が締めくくられる。



第Ⅲ部に軽く触れておくと、実際のケースを通じて、「イノベーションのジレンマ」「差別化」「競争回避」「ネットワーク外部性」「シナジー」「選択と集中」「組織暴走」などのテーマについての考察がなされており、読み物としても大変面白いものとなっています。
しかも単純にそれらのテーマがどのようなものであるのか、ということの説明だけに留まらず、その問題点や「ではどうすればその問題点を乗り越えられるのか」といった部分にまで言及されているところが非常に興味深いところです。

第Ⅱ部は「思考法」についての記述ですが、本書のタイトルが「経営戦略の思考法」と付けられていることからも、本書の重要な部分であることが伺われます。
実際には、第Ⅰ部における経営戦略論と第Ⅲ部におけるケースや種々のテーマの橋渡し的な役割を担っているように思います。
一部引用すると、


第Ⅱ部では、経営戦略の思考法、あるいはより広く社会科学の思考法そのものに焦点を当てて解説を加えていくことにしたい。まず第8章では、経営戦略論(社会科学・社会的な言説)に登場する基本的な思考法を3つに分類し、それぞれの特徴を解説する。カテゴリー適用法・要因列挙法・メカニズム解明法という3つの理念型的な思考法を提示し、基本的にはメカニズム解明法が最も妥当な思考法であり、その他の2つはメカニズム解明法的な思考のための準備として、あるいは大規模な組織内で基本方針を伝達するためのコミュニケーションの型としての効用があることが指摘される。



個人的には、メカニズム解明法と名づけられた思考法も、その前提としていわゆる「クリティカルシンキング」と呼ばれる、ものごとの捉え方や考え方が必要とだと思うので、過去にも何度かお薦めしている「クリティカルシンキング (入門篇)」はやはり読んでおくべき一冊だな、と再確認しました。


さて、何だかんだ言っていますが、私にとって最も興味深かったのは第Ⅰ部です。
ここでは既存の経営戦略論を大きく5つに分類し、それぞれについて詳細な説明がなされています。
本書でも言及されていますが、ヘンリー・ミンツバーグの「戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック」では、これらの経営戦略論が10個に分類されていたのですが、本書はさらにそれを5つにまで「ざっくりと」分類しています。
具体的には以下の5つ。

1.戦略計画学派
2.創発戦略学派
3.ポジショニング・ビュー
4.リソース・ベースト・ビュー
5.ゲーム論的アプローチ

そして上記の5つに戦略論を分類したうえで、本書のサブタイトルにもある「時間展開・相互作用・ダイナミクス」という視点から、再度それらを整理し直しています。
この点に関する説明を引用したいと思います。


学説の整理を行う際に、基本的には5つの経営戦略観に分類して議論を進めていく。すなわち、①アンソフに代表される戦略計画学派、②ミンツバーグに代表される創発戦略学派、③ポーターに代表されるポジショニング・ビュー、④バーニーやプラハラードとハメル、伊丹に代表されるリソース・ベースト・ビュー、⑤ブランデンバーガーとネイルバフに代表されるゲーム論的アプローチの5つである。
これら5つの戦略観を代表する人々の業績を中心に紹介しながら、経営戦略論に出現する主要な概念を解説した上で、それら相互の関係について3つの次元を用いて整理を行う。3つの次元とは、①事前の合理的設計重視VS事後の創発重視、②市場ポジションの重視VS経営資源の重視、③安定的構造重視VS時間展開・相互作用・ダイナミクス重視である。



ご覧頂けばおわかりになるとおり、経営戦略をざっくりと理解するにはほどよい分類方法なのではないかと思います。
そしてこの分類は、おおまかに1960年代からの経営戦略論を時系列に沿って理解するうえでも有効なように思います。
具体的には1965年以降の戦略計画学派、そのアンチテーゼとして1973年頃登場した創発戦略学派、そして1980年のポーターを中心とするポジショニング・ビュー、1984年頃からのリソース・ベースト・ビュー、そして1996年あたりから本格的に論じられるようになったゲーム論的アプローチ。
この一連の流れを読むと、何だかこう、すっきりと頭の中が整理された気がします。


以上、本書からいくつかの箇所を引用しつつご紹介してきましたが、「お薦めですよ~」というくらいしか、私ごときが言えることはありません。
ただ1点、法務担当者の視点として興味深かったのが、ゲーム論的アプローチについて書かれている第Ⅱ部6章のうち、「取引条件の分析」なるところ。


ゲーム論的なアプローチは、ゲームのルールなどが明確になる場面で有効性を発揮するので、具体的な取引契約の分析などに興味深い知見を生み出している。



として、ラスト・ルック条項(last-look clause)、競争対応条項(meet-the-competition clause)、また、ベスト・プライス条項(best-price clause)、最優遇条項(most-favored-customer clause)といった契約条項についての具体的な事例が述べられています。

引用すると長くなるのでやめておきますが、メーカーの法務担当者の方などにとっては参考になる考え方なのではないでしょうか。