この本、「面白い!面白い!」と巷間を賑わしているので、天邪鬼な私は、「今は読まない」と決めていました。
しかし、コソっと立ち読みをしたところ、「これは確かに面白そうだ」と思い購入してしまいました。

街場のメディア論 (光文社新書)街場のメディア論 (光文社新書)
(2010/08/17)
内田 樹

商品詳細を見る


というのも、本書は神戸女学院大学の学生を対象とした「メディアと知」という授業を本の形にまとめたものだそうなので、まず何より非常にわかりやすい。
しかしその実、「メディア論」という身近な話題を通じて、「書籍や著作権のありよう」について述べられている興味深い内容なのです。

何はともあれ目次を一部抜粋します。


まえがき
第一講 キャリアは他人のためのもの
第二講 マスメディアの嘘と演技
第三講 メディアと「クレイマー」
第四講 「正義」の暴走
第五講 メディアと「変えないほうがよいもの」
第六講 読者はどこにいるのか
第七講 贈与経済と読書
第八講 わけのわからない未来へ
あとがき



目次だけを見てもよくわかりませんが、この本の構成は「いかに講義に興味をもってもらうか」という、工夫に溢れています。

対象となっている学生の中には、今後、メディアの世界で生きていくことを希望している方たちも多く含まれているようです。そのため最初に彼女たちにとって最も興味があるであろう「自分のこと」、つまりここではキャリアについて語られています。
そして第二講から第五講まで、具体的で身近な事例を豊富に盛り込んで、「現代メディアの不調」について、その問題と問題の真因が、著者独自の視点から語られます。
もうこの時点で、学生は(もちろん読者も)話の続きを聞きたくて仕方がない状態になっているはずです。

そしておそらく著者が最も伝えたかったであろうことが第六講、第七講で述べられています。
第五講までは、それを理解するための布石だったように思います。

この、著者が最も伝えたかったであろうことというのが、「書籍や著作権のありよう」だと、私は受け取りました。
著者の著作権に対する考え方が端的に表現されている部分を引用します。


著者が受け取る利益は「著作権料」というかたちをとります。これはある種の財物とみなされています。だから、書き手本人が死んだ後は遺産として家族に継承される。でも、僕は著作権を財物とみなすことには、どうしても強い違和感を覚えるのです。
著作権というのは単体では財物ではありません。「それから快楽を享受した」と思う人がおり、その人が受け取った快楽に対して「感謝と敬意を表したい」と思ったときにはじめて、それは「権利」としての実定的な価値を持つようになる。著作権というものが自存するわけではない。僕はそういうふうに考えています。けれども、これは圧倒的な少数意見です。



このような著者の著作権に対する考え方は、以下のような主張につながります。


中国のような海賊版の横行する国と、アメリカのようなコピーライトが株券のように取引される国は、著作権についてまったく反対の構えを取っているように見えますけれど、どちらもオリジネイターに対する「ありがとう」というイノセントな感謝の言葉を忘れている点では相似的です。



そしてここから、「贈与経済」と読書の関係が述べられ、コミュニケーションの本質にまで話が及んでいきます。
この点が面白く表現されている箇所を引用したいと思います。


僕は自分の書くものを、沈黙交易の場に「ほい」と置かれた「なんだかよくわからないもの」に類するものと思っています。とりあえずそこに置いてある。誰も来なければ、そのまま風雨にさらされて砕け散ったり、どこかに吹き飛ばされてしまう。でも、誰かが気づいて「こりゃ、なんだろう」と不思議に思って手にとってくれたら、そこからコミュニケーションが始まるチャンスがある。それがメッセージというものの本来的なありようではないかと僕は思うのです。



これは、著作権の名の下に、漏れなくかつできるだけ多くの対価を得ようとする現代のメディアに対して、「コミュニケーションとは何ぞや、メッセージとは何ぞや」と、その本質を問いかける言葉ではないかと思います。

ところで著作権法の第1条には、
「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする
と書いてあります。

私は、著者の主張に完全に同意するわけではありません。
しかし文化の発展に寄与するどころか、文化の衰退に寄与するような著作物が、マスメディアやそれを取り巻く業界の方々によってバンバン売られてきたこの数十年のツケが、音楽や出版の世界を中心に表れてきているのではないかと思います。
このあたりはもっと言いたいことがあるのですが、それはまたあらためて。


そのようなわけで、興味深いテーマに思いのほか引きずり込まれた一冊でした。