企業倒産を招く法務トラブル35企業倒産を招く法務トラブル35
(2010/09/22)
弁護士法人中村綜合法律事務所

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東京都千代田区にある中村綜合法律事務所という弁護士法人名義で出版された一冊で、「中小企業経営者のための法務リスク管理の本」(帯から引用)とのことです。

何はともあれ、目次から章だけ抜粋してみます。


はじめに
第1章 ヒトのトラブル
     社内ルールを整備してこそ、会社は発展する
第2章 情報管理(チエ)のトラブル
     情報・権利は会社の財産と思え
第3章 BtoB(取引先)のトラブル
     取引先とのリスク管理は事前準備で9割決まる
第4章 BtoC(消費者)のトラブル
     消費者との無用なトラブルを避け、会社の信用を守れ
第5章 会社存続に関するトラブル
     会社の存続を決めるのは、経営者の正しい法律知識
おわりに



各章それぞれ、4から15コの具体的な事例がストーリー仕立てで紹介されています。そしてそのストーリーに含まれる法的問題点を抽出したうえで解説を行うというのが、本書のスタイルです。
先日ご紹介した「こんな法務じゃ会社がつぶれる」と同様のスタイルで、ターゲットとしている読者層もかなり近いのではないかと思います。
そういえば、「ITエンジニアのための『契約入門』」も、半分は同じスタイルでした(ちょっと宣伝)。

とはいえ「こんな法務じゃ会社がつぶれる」が第一法規さんから出版されているのに対し、本書は幻冬舎メディアコンサルティングという会社が発行していることからも、弁護士法人の広告宣伝の要素が強い一冊ではないかと思います。

このあたりは、35コの事例の解説に必ず、
「弁護士に相談することをお勧めします」
「顧問弁護士などに事前に相談するようにしましょう」
というような言葉が登場することからも推察できるところです。


採用の基準を事前に決めておく場合には、自社の顧問弁護士に相談してみるのもひとつの手です。顧問弁護士は日ごろの相談を通じて顧問先企業の人的ニーズについて少なからず把握しているでしょうし、またそれまで処理してきた多くの事件を通じて様々な人間に接しているので、人材選びの方法についてその経験を踏まえた有益な示唆を得られるかもしれません。


人材採用に関してここまで言われると、さすがに言葉を失ってしまいますが・・・
いっそのこと「顧問弁護士のススメ」というようなストレートなタイトルでもよかったのではないかと思ってしまうほどです。

この「弁護士に相談しましょう」があまりにクドいのが本書の最大の難点ではないかと思います。その意味では広告としての効果は「いまひとつ」なのかもしれません。
とはいえ、内容自体は中小企業(特にドメスティックな中小企業)の経営者の興味を惹きそうなトラブル事例が多く取り上げられていて、「企業法務に関する読み物」としては面白い一冊に仕上がっています。

もちろん上記の目次をご覧頂けばわかるように、必ずしも中小企業が遭遇するトラブルが網羅されているわけではないのですが、「あー、確かにそこは気になるよな」というようなテーマが中心に取り上げられています。

例えば第1章「ヒトのトラブル」の中の、「辞めた従業員の行動まで拘束することができない?」というテーマでは、従業員が退職後に自社と競業する事業を営むことを防げるのか、ということについて解説がされています。
このあたりはまさに、属人的な業務の多い中小企業経営者にとってはとても気になるところでしょう。

また第2章「BtoB(取引先)のトラブル」の中の、「時効を"中断"すれば債権は消滅しない?」では、ともすれば「ひたすら請求書を送り、電話をかけ、さらには訪問して支払いを要請するだけ」となってしまいがちな債権回収方法を行ってきた方に、「それじゃイカンのね」と気付かせてくれるでしょう。

これらは、私たち企業法務担当者にとっては「知ってて当然」の部類に入ることかも知れませんが、中小企業経営者の方や、これまで法務に関わる機会があまりなかったビジネスパーソンの方々にとっては、「ほう」と感じることも多いのではないかと思います。
(もちろん中小企業経営者の皆さんが法務知識に欠ける、と言っているわけではありません。念のため。)


さて、このBlogをお読みくださっている方の大半を占めると考えられる企業法務担当者の方にとって、本書はオススメかどうか、という点について触れておこうかと思います。
上に書いたように、本書に書かれていることは、私たち企業法務担当者にとっては「知ってて当然」の部類に入ることが多いのは確かでしょう。
とはいえ、解説が非常にコンパクトにまとめられているので、それぞれのテーマについて知識を確認したり、自分のあまり得意でない分野についてざっくりとした知識を得るには有益ではないかと思います。さらにいえば、187ページという薄い本ですので、2時間もあれば読めてしまうでしょう。

一方、本書のターゲットとして明確に示されている中小企業経営者の方にとってはどうでしょう。
私が思うに、そのような方々にとっても本書は確かに面白い読み物でしょう。とはいえ執筆担当弁護士が18名もいらっしゃるためか、テーマによる難度のバラつきが目につきます。
全体的には非常にわかり易い解説がなされているのですが、例えば、


もっとも、民事再生手続では、未払の税金や従業員の給与等は、再生債権ではなく共益債権あるいは一般優先債権として随時弁済していかなくてはなりません。
また、銀行等の金融機関は、債務者(申立会社)の不動産を担保にとっていることが多いと思われますが、この担保権は、別除権といい、再生手続に拘束されることなく、その実行が可能です。ゆえに、当該不動産が事業の継続に必要な場合は、担保権者と個別に交渉していわゆる別除権協定を結び、別途、弁済を行っていくことになります。
さらに、再生手続開始決定後に、日々の取引によって生じた債権は、共益債権として、随時弁済を行う必要があります(略)。


などというくだりは、法務知識のない方を対象にしているにしては、若干眠くなる解説のように思います。
このあたりは少し残念ですね。


以上、いろいろと好き勝手なことを書いてきましたが、「企業法務に関する読み物」としては面白く仕上がっていますし、1,300円+税というお手頃価格であることから、読んで損はない一冊ではないでしょうか。