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起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと
(2010/09/30)
磯崎 哲也

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ご存知「isologue」の磯崎哲也さんの著書です。

もう既にあちらこちらのBlogで書評がなされていて、今さら私ごときがウダウダ書く意味はない気もしています。
しかしサブタイトルに「ベンチャーにとって一番大切なこと」とあり、私自身ベンチャー企業で、経営にとても近いところで法務の仕事をしていることから、少し感想程度のものを書いてもいいのかな、と思った次第です。


さて、本書の一番の特徴、それは「類書がない」というところではないでしょうか。
「なんじゃ、そりゃ」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、これ、結構重要です。

何はともあれ、まずは目次をご覧ください(章のみ抜粋しています)。


序章  なぜ今「ベンチャー」なのか?
第1章 ベンチャーファイナンスの全体像
第2章 会社の始め方
第3章 事業計画の作り方
第4章 企業価値とは何か
第5章 ストックオプションを活用する
第6章 資本政策の作り方
第7章 投資契約と投資家との交渉
第8章 種類株式のすすめ
おわりに



「会社のつくり方」とか「事業計画の作り方」などというお手軽な本は、本屋に行けばヤマとあります。
一方、「企業価値」「ストックオプション」「資本政策」などに関する分厚い本も、本屋に行けばいくつか見つけることができるでしょう。

本書はこれら、ベンチャー企業の経営に関わる方であれば知っておくべきトピックを、「ベンチャー企業のファイナンス」という切り口で、ブスっと横串で刺したうえで、非常にわかりやすく説明してくれています。

この切り口、このレベル感、このわかりやすさ。
少なくとも私は類書を知りません。
この本があと2年早く手許にあればずいぶん助かっただろうな、と思います。

というのも、リンクを貼るのも恥ずかしいのですが、1年半ほど前のエントリーで私は、ストックオプションの組立てに関して、


弁護士の知識と会計士の知識を併せ持っていて、司法書士ばりの手続きに関する知識を持っているスーパーマンがいればいいのにな、とないものねだりをしている今日この頃です。


と書いて、「企業法務について」のkataさんに、「じゃあ、お前がそうなれや!」とチクリとコメントされたことがあるのですね。

上記リンク先のエントリーは、ストックオプションに関して書いたものですが、ベンチャー企業で法務をやっていると、(もちろん会社にもよるとは思いますが)ファイナンスに関わる機会というものが非常に多いんですね。
そういう意味において、「類書がない」本書のありがたみというものが、身に沁みてわかるのです。

ちなみに本書「第5章 ストックオプションを活用する」には、以下のような記載があります。


このため、ストックオプションの発行というのは、(略)法律、会計、税務など、いろいろな技を使う必要がある「総合格闘技」的なものになっています。


さらに、税制適格ストックオプションに関しては以下のように述べられています。


企業価値や税務などがからんで大変ややこしい話ですので、他の条件ともども専門家にご相談されることをお勧めします。



まさにこの点で私は弁護士と公認会計士と司法書士(あと税理士もですね)の知識・経験を兼ね備えたスーパーマンを求めていたわけです。
この点、磯崎さんもおっしゃっているように、最終的にはそれぞれの専門家に相談しておく必要があるのでしょうが、少なくとも本書を読んでおけば、そこにどのような問題があって、どの専門家に相談する必要があるかという感覚はつかめて、致命的なポカはなくなるはずです。


以上、例としてストックオプションを挙げさせてもらいましたが、もちろんストックオプションに限らず、このようにベンチャー企業が遭遇するファイナンスにまつわる問題を、本書は全般的に網羅してくれています。
そのため、ベンチャー経営に1ミリでも関わりのある方は、一読しておくことを強くお勧めします。


ところで、「おわりに」で磯崎さんはベンチャー企業を以下のように定義されています。


ベンチャー企業とは、誰もわからない未来にチャレンジする企業のことです。


以前引用したような気もするのですが、村上龍氏も「無趣味のすすめ」の中で、


小規模で孤独な環境から出発し、多数派に加入する誘惑を断固として拒絶すること、それがヴェンチャーの原則である。


と述べられています。
そしてせっかくの機会なので最後に、私のお気に入りの言葉をご紹介しておきたいと思います。
それは早稲田大学の松田修一教授の「ベンチャー企業」 (日経文庫―経営学入門シリーズ)という本で引用されているアメリカのDean Alfangeという政治家の言葉です。


   起業家宣言
私は平凡な人間にはなりたくない。
自らの権利として限りなく非凡でありたい。
私が求めるものは、保証ではなくチャンスなのだ。
国家に扶養され、自尊心と活力を失った人間にはなりたくない。
私はギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦したい。
つねにロマンを追いかけ、この手で実現したい。
失敗し、成功し・・・七転八倒こそ、私の望むところだ。
意味のない仕事から暮らしの糧を得るのはお断りだ。
ぬくぬくと保証された生活よりも、チャレンジに富むいきいきとした人生を選びたい。
ユートピアの静寂よりも、スリルに満ちた行動のほうがいい。
私は自由と引き換えに、恩恵を手に入れたいとは思わない。
人間の尊厳を失ってまでも施しを受けようとは思わない。
どんな権力者が現れようとも、決して萎縮せず
どんな脅威に対しても決して屈伏しない。
まっすぐ前を向き、背筋を伸ばし、誇りをもち、恐れず、自ら考え、行動し、創造しその利益を享受しよう。
勇気をもってビジネスの世界に敢然と立ち向かおう。


※強調部分は私によるものです。

上記引用のうち、強調表示した部分、
「私はギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦したい」
この、「ギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦」するのに、磯崎さんがおっしゃる「ファイナンスの世界は『こうすると後々こうなる』という因果が強く働く世界ですので、一定の『常識』を持つことが、将来の事業の発展を助けるのではないか」という考え方がピタリと合うように思います。


とはいえ、私も雇われの身ですので、あまり偉そうなことは言えないのですけどね。
ただ、大企業ではとても味わえなかった面白みを日々感じていることは確かです。

何はともあれ、「起業のファイナンス」は非常にお薦めの一冊ですので、このBlogの右端の「オススメコーナー」に追加しておきたいと思います。
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「isologue」「CFOのための最新情報」などで既に採り上げられていますが、昨日来、私も思うところをTwitterで少しつぶやいたりしています。

何の話かというと、日本証券業協会
『新規公開前に行われる不適切な自己募集を規制するための 「有価証券の引受け等に関する規則」等の一部改正について(案)』
と題する規則改正案のパブリック・コメント募集の件。

これまで全くスルーしていましたが、磯崎先生のつぶやきを発端にこちらのBlogを拝読し、「これはとんでもない話だ」と気づいた次第です。

思い切り簡単にいうと、
「ベンチャー企業が赤の他人に出資してもらったら、原則としてIPOできなくなる」
という、ちょっと驚いてしまうような改正案なのです。

未公開株詐欺事件を防止するための解決策としては下の策と言わざるを得ません。
というよりも、そもそも「解決策」と呼ぶべきものではないように思います。


ご存知の方も多いかと思いますが、金融商品取引法上、50名以上に対して出資を募った場合には「募集」というものに該当し、有価証券届出書の提出が要求されます。
そうすると「継続開示会社」という扱いを受け、それ以後ずっと、有価証券報告書の提出義務が生じてしまいます。
有価証券報告書を提出するには監査法人の監査を受ける必要がありますので、当然多大な費用がかかるわけで、非上場の会社にとっては、増資時や場合によっては新株予約権発行にあたり、被勧誘者が50名を超えることがないよう非常に気を使うところでもあります。
しかしこのような50名以上に出資を募った場合は、発行会社は有価証券届出書を提出しているはずですので、今回の規制の適用が除外されます。

今回の改正案は、50名未満への勧誘、つまり「私募」につき、個人投資家に出資をしてもらった会社の株式公開を原則禁止としてしまおうというものです。
「その他本協会が第1号から第3号(注:有価証券報告書・有価証券届出書を提出していた場合や、役員とその家族などが出資した場合)に準ずると認めたとき」には適用が除外されるので、実運用上はここで篩にかける腹づもりなのではないかと思います。
しかしこれでは必要なときに個人投資家からの出資を受けることが難しいのは明白です。

ところで、今回の日本証券業界のリリース冒頭には、以下のような文言があります。


新規上場を予定している発行会社においては、通常、上場前に個人投資家に対して自己の発行する株券の勧誘行為を行うことはないものと考えられる



この文言にも疑問があります。
私が知る限りにおいても、設立時や設立直後のベンチャー企業が、個人投資家に出資してもらうケースは数多くあります。
客観的なデータを持っているわけではありませんが、「ないものと考えられる」というのは明らかに事実を誤認しています。

また磯崎先生も指摘しているように、「未公開株詐欺」というのは「もうすぐ上場する会社の株式を買いませんか?」と言って騙すものなので、本気で上場しようとしている会社に規制をかけても何の意味もないわけです。
さらに言えば、既に個人投資家からの出資を受けている会社は当然、「出資者の方には上場して恩返しをしたい」と考えているわけで、上場の道が閉ざされるとそれこそ「詐欺」みたいなことになってしまいます。

そのようなわけで、全く理解できない今回の規則改正案。
ベンチャー企業に関わる一会社員としても、断固反対したいと思います。


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(追記)
大杉先生のブログにおいても、この問題が取り上げられています。
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