風にころがる企業ホーマー

企業法務や経営に関する話題を中心に、気ままに情報発信してます。

カテゴリ: 書籍(ビジネス)

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと
(2010/09/30)
磯崎 哲也

商品詳細を見る


ご存知「isologue」の磯崎哲也さんの著書です。

もう既にあちらこちらのBlogで書評がなされていて、今さら私ごときがウダウダ書く意味はない気もしています。
しかしサブタイトルに「ベンチャーにとって一番大切なこと」とあり、私自身ベンチャー企業で、経営にとても近いところで法務の仕事をしていることから、少し感想程度のものを書いてもいいのかな、と思った次第です。


さて、本書の一番の特徴、それは「類書がない」というところではないでしょうか。
「なんじゃ、そりゃ」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、これ、結構重要です。

何はともあれ、まずは目次をご覧ください(章のみ抜粋しています)。


序章  なぜ今「ベンチャー」なのか?
第1章 ベンチャーファイナンスの全体像
第2章 会社の始め方
第3章 事業計画の作り方
第4章 企業価値とは何か
第5章 ストックオプションを活用する
第6章 資本政策の作り方
第7章 投資契約と投資家との交渉
第8章 種類株式のすすめ
おわりに



「会社のつくり方」とか「事業計画の作り方」などというお手軽な本は、本屋に行けばヤマとあります。
一方、「企業価値」「ストックオプション」「資本政策」などに関する分厚い本も、本屋に行けばいくつか見つけることができるでしょう。

本書はこれら、ベンチャー企業の経営に関わる方であれば知っておくべきトピックを、「ベンチャー企業のファイナンス」という切り口で、ブスっと横串で刺したうえで、非常にわかりやすく説明してくれています。

この切り口、このレベル感、このわかりやすさ。
少なくとも私は類書を知りません。
この本があと2年早く手許にあればずいぶん助かっただろうな、と思います。

というのも、リンクを貼るのも恥ずかしいのですが、1年半ほど前のエントリーで私は、ストックオプションの組立てに関して、


弁護士の知識と会計士の知識を併せ持っていて、司法書士ばりの手続きに関する知識を持っているスーパーマンがいればいいのにな、とないものねだりをしている今日この頃です。


と書いて、「企業法務について」のkataさんに、「じゃあ、お前がそうなれや!」とチクリとコメントされたことがあるのですね。

上記リンク先のエントリーは、ストックオプションに関して書いたものですが、ベンチャー企業で法務をやっていると、(もちろん会社にもよるとは思いますが)ファイナンスに関わる機会というものが非常に多いんですね。
そういう意味において、「類書がない」本書のありがたみというものが、身に沁みてわかるのです。

ちなみに本書「第5章 ストックオプションを活用する」には、以下のような記載があります。


このため、ストックオプションの発行というのは、(略)法律、会計、税務など、いろいろな技を使う必要がある「総合格闘技」的なものになっています。


さらに、税制適格ストックオプションに関しては以下のように述べられています。


企業価値や税務などがからんで大変ややこしい話ですので、他の条件ともども専門家にご相談されることをお勧めします。



まさにこの点で私は弁護士と公認会計士と司法書士(あと税理士もですね)の知識・経験を兼ね備えたスーパーマンを求めていたわけです。
この点、磯崎さんもおっしゃっているように、最終的にはそれぞれの専門家に相談しておく必要があるのでしょうが、少なくとも本書を読んでおけば、そこにどのような問題があって、どの専門家に相談する必要があるかという感覚はつかめて、致命的なポカはなくなるはずです。


以上、例としてストックオプションを挙げさせてもらいましたが、もちろんストックオプションに限らず、このようにベンチャー企業が遭遇するファイナンスにまつわる問題を、本書は全般的に網羅してくれています。
そのため、ベンチャー経営に1ミリでも関わりのある方は、一読しておくことを強くお勧めします。


ところで、「おわりに」で磯崎さんはベンチャー企業を以下のように定義されています。


ベンチャー企業とは、誰もわからない未来にチャレンジする企業のことです。


以前引用したような気もするのですが、村上龍氏も「無趣味のすすめ」の中で、


小規模で孤独な環境から出発し、多数派に加入する誘惑を断固として拒絶すること、それがヴェンチャーの原則である。


と述べられています。
そしてせっかくの機会なので最後に、私のお気に入りの言葉をご紹介しておきたいと思います。
それは早稲田大学の松田修一教授の「ベンチャー企業」 (日経文庫―経営学入門シリーズ)という本で引用されているアメリカのDean Alfangeという政治家の言葉です。


   起業家宣言
私は平凡な人間にはなりたくない。
自らの権利として限りなく非凡でありたい。
私が求めるものは、保証ではなくチャンスなのだ。
国家に扶養され、自尊心と活力を失った人間にはなりたくない。
私はギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦したい。
つねにロマンを追いかけ、この手で実現したい。
失敗し、成功し・・・七転八倒こそ、私の望むところだ。
意味のない仕事から暮らしの糧を得るのはお断りだ。
ぬくぬくと保証された生活よりも、チャレンジに富むいきいきとした人生を選びたい。
ユートピアの静寂よりも、スリルに満ちた行動のほうがいい。
私は自由と引き換えに、恩恵を手に入れたいとは思わない。
人間の尊厳を失ってまでも施しを受けようとは思わない。
どんな権力者が現れようとも、決して萎縮せず
どんな脅威に対しても決して屈伏しない。
まっすぐ前を向き、背筋を伸ばし、誇りをもち、恐れず、自ら考え、行動し、創造しその利益を享受しよう。
勇気をもってビジネスの世界に敢然と立ち向かおう。


※強調部分は私によるものです。

上記引用のうち、強調表示した部分、
「私はギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦したい」
この、「ギリギリまで計算しつくしたリスクに挑戦」するのに、磯崎さんがおっしゃる「ファイナンスの世界は『こうすると後々こうなる』という因果が強く働く世界ですので、一定の『常識』を持つことが、将来の事業の発展を助けるのではないか」という考え方がピタリと合うように思います。


とはいえ、私も雇われの身ですので、あまり偉そうなことは言えないのですけどね。
ただ、大企業ではとても味わえなかった面白みを日々感じていることは確かです。

何はともあれ、「起業のファイナンス」は非常にお薦めの一冊ですので、このBlogの右端の「オススメコーナー」に追加しておきたいと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
(2010/09/28)
橘玲

商品詳細を見る


この本を紹介するにはまず、「はじめに」にある次の言葉を引用したいと思います。


自己啓発の伝道師たちは、「やればできる」とぼくたちを鼓舞する。でもこの本でぼくは、能力は開発できないと主張している。なぜなら、やってもできないから。
人格改造のさまざまなセミナーやプログラムが宣伝されている。でも、これらはたいてい役には立たない。なぜなら、「わたし」は変えられないから。
でも、奇跡が起きないからといって絶望することはない。ありのままの「わたし」でも成功を手にする方法(哲学)がある。
残酷な世界を生き延びるための成功哲学は、たった二行に要約できる。

伽藍を捨ててバザールに向かえ。
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。


なんのことかわからない?そのヒミツを知りたいのなら、これからぼくといっしょに進化と幸福をめぐる風変わりな旅に出発しよう。
最初に登場するのは、"自己啓発の女王"だ。



この"自己啓発の女王"というのが勝間和代さんであることは間違いないでしょう、というか、本文の1行目にはっきりとそう書いてあります。
とはいえ、著者は勝間和代さんを一方的に非難したりしているわけではありません。

ここのところとみに高まってきている、「自己啓発」に対する懐疑的な空気を捉え、「自分を変える」とか「能力を向上させる」とかいうことの虚しさを唱え、より実践的な「幸福になる方法」を紹介しているのが本書の本質ではないでしょうか。

そしてその「幸福になる方法」を要約すると、

伽藍を捨ててバザールに向かえ。
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。


この二つの言葉になるのです。


伽藍を捨ててバザールに向かえ。
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。


この二つの言葉を解説することは簡単ですが、言葉の意味を知ることよりも、この言葉に辿りつくまでの思考のプロセスが重要ですので、あえてここでは説明するようなヤボなことはしません。
ただ、「伽藍」=会社、「バザール」=参加と撤退が自由な市場、と付け加えれば、勘の良い方であれば全てピンとくるかと思います。


さて結局のところ、本書は上記二つの言葉に全て要約できてしまうのですが、その結論を導くために、数々の事例や理論が紹介されます。
そしてその中心となるキーワードは「進化心理学」と「遺伝」です。

「進化心理学」とは、著者の説明を引用すると以下のようなものです。


ところがいま、精神分析に代わる新たな"こころの原理"が登場してきた。ダーウィンの進化論を、遺伝学や生物学、動物行動学、脳科学などの最新の成果を踏まえて検証し、発展させようとするもので、進化心理学(進化生物学、社会生物学)と呼ばれている。



このような「進化心理学」や「遺伝」によるプログラムが能力や性格に及ぼしている影響はあまりに大きく、人はまず変われない。
変われないことを前提として、どのようにして幸福を追求すればよいのか、というのが本書の大枠でしょう。


私の経験からすると、いわゆる「自己啓発書」というものにも、売れている売れていないにかかわらず、(当然のことではありますが)内容の優れたものとそうでないものがあるかと思います。
そして全ての「自己啓発書」が胡散臭いわけでも、信用ならないわけでもないと思います。
相性や手にしたタイミングなど、様々な要因はあるかも知れませんが、「自己啓発書」から学んだことも多くあります。

ただ、問題は3つ。
一つ目は、あまりにくだらない内容のものが多数本屋に並んでいること。玉石混交で、ある程度量を読まないと、内容の良し悪しが判断できません。
二つ目は、いつまでも「自己啓発書」ばかり読んでしまうこと。「自己啓発書」はカンフル剤のような側面も大きいので、効果が薄れると新しい「自己啓発書」を求めて似たような本ばかり読んでしまうことになりかねません。
そして三つ目は、「自己啓発書」を読んで実際にうまくいくかどうかは、センス(本書ではこのセンスを「能力」と呼んでいるのかも知れません)としか言いようのないものに大きく左右されること。

私のいうセンスというものと、著者のいう能力というものが同じようなものであれば、確かに「自己啓発書」を読んでみんなが「成功」するなどということは、ないでしょう。(ちなみに私は「成功」という言葉を曖昧に使うことがあまり好きではありません)

そして著者の言うように、

伽藍を捨ててバザールに向かえ。
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。


という方法は、きっと正しいのでしょう。
そしてこの考え方は、センス(或いは能力)に何ら欠けることのない方々にとっても非常に有益な考え方だと思います。

国や地方、そして会社にも頼ることができないことがはっきりとしてきた今日、本書や、同じく橘玲さんが書かれた「貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する」は、私たちに大きな示唆を与えてくれるものです。

ただ惜しむらくは、論理の飛躍や議論のすり替え、極端な決め付けなどが目についてしまうことです。
そのため非常に興味深い話題が多く出てくるものの、部分部分で説得力に欠けるところがありました。

とはいえ、読んでおいて決して損のない一冊だと思います。


---------------(以下、10月16日追記)

著者はアメリカの心理学者の研究を紹介し、


①知能の大半は遺伝であり、努力してもたいして変わらない。
②性格の半分は環境の影響を受けるが、親の子育てとは無関係で、いったん身についた性格は変わらない。
もしこれがほんとうだとしたら、努力することにいったいなんの意味があるのだろう。


という。
そしてこの後、「知能」という言葉と「能力」という言葉を明確に区別することなく、「能力」開発の無意味さを説いている。

僕は、「知能」というものは確かに遺伝的要素が非常に大きいものだと思っている。
しかし「能力」というものは「知能」とは全く違う概念で、開発というと大袈裟な気もするが、努力によって伸ばすことのできるものだとも考えている。(もちろん人によって伸びにくい分野もあるとは思う)
その意味において、能力開発の虚しさを唱える著者の主張は、「違う」と思う。

なぜなら僕たちは「知能」を高めるために努力しているのではなく、知識や知恵を得るために努力しているのであって、知識や知恵を得ることによって、能力はかなりの程度向上すると思うからだ。


以上、「ビジネスブックマラソン」の書評(現時点では本書の書評はアーカイブされていないようです)を読んで、書き忘れていたことを思い出したので追記しました。
このエントリーをはてなブックマークに追加

プラットフォーム戦略プラットフォーム戦略
(2010/07/30)
平野 敦士 カール  アンドレイ・ハギウ

商品詳細を見る


先日、某社が主催する、本書の著者である平野敦士カール氏のセミナーに参加する予定でした。
そしてお金もきっちり振り込んでいたのですが、当日どうしても都合がつかず参加できませんでした。

本書はセミナーに参加できなかったことを非常に悔やんでしまうほど、著者の「プラットフォーム戦略」に関する高い識見や、「プラットフォーム戦略」の有意性に触れることのできる一冊です。


ここ数年、「プラットフォーム戦略」という言葉を耳にしたり口にしたりということが増えてきているように思います。
私も、おそらくはこれを読んでくださっている皆さんのビジネスにおいても、「プラットフォーム戦略」は非常に有意なものであるのではないかと思います。
そして自社の「プラットフォーム戦略」について思いを巡らせながら本書を読むと、あまりに興味深いテーマの数々につい引き込まれてしまうことでしょう。

企業法務パーソンである私たちも、自社が何らかのプラットフォームを提供しているとき、或いは、プラットフォームに参加するとき、長期的な視点から自社に不利な契約となってしまわないよう、本書の内容を知っておくことが必要になるのではないかと思います。
なぜなら、今やほとんどのビジネスは何らかのプラットフォームを提供したり、何らかのプラットフォームに参加したりしなくては成り立たなくなってきているからです。

例えば「はじめに」で著者が例として挙げているだけでも、以下のようなプラットフォームがあります。


たとえば商店街、婚活カフェ、クレジットカード、ショッピングモール、病院、雑誌や新聞、おサイフケータイ、iモード、Wii、プレイステーション、ビジネス・スクールなどの教育機関、証券取引所、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やツイッター、築地市場、六本木ヒルズなどでも使われています。



これらの例をみると、「考えようによってはウチのあのサービスもプラットフォームだなあ」と思われる方も多いのではないでしょうか。


本書では「プラットフォーム戦略」の定義といえるようなものが3回登場しますが、


多くの関係するグループを「場」(プラットフォーム)に乗せることによって外部ネットワーク効果を創造し、新しい事業のエコシステム(生態系)を構築する戦略


という定義が、ここで紹介するには最もシンプルかつわかりやすいかと思います。


さて、例によって目次を引用します。


1.世界最先端のプラットフォーム戦略とは?
2.ケースで学ぶ 勝つプラットフォーム構築のための9つのフレームワーク
  ①事業ドメインを決定する
  ②ターゲットとなるグループを特定する
  ③プラットフォーム上のグループが活発に交流する仕組みを作る
  ④キラーコンテンツ、バンドリングサービスを用意する
  ⑤価格戦略、ビジネスモデルを構築する
  ⑥価格以外の魅力をグループに提供する
  ⑦プラットフォーム上のルールを制定し、管理する
  ⑧独占禁止法などの政府の規制・指導、特許侵害などに注意を払う
  ⑨つねに「進化」するための戦略を作る
3.プラットフォームの横暴にどう対処するべきか
4.フリー、オープン化という「負けない」戦略
5.日本企業復活への処方箋
※Chapter2以外は、小項目を省略させて頂きました。



話は少し逸れますが、ずいぶん前に土井英司さんが出版に関して、「売れる著者であれば自分で出版社を持った方が間違いなく儲かる。しかしそうすると他の出版社が敵になる。そこで(紙の出版に限らず)どのメディアが最も効果的に読者を集められるかを見極めながら、優良なコンテンツを提供し続けるという選択をする考え方もある」という趣旨のお話をされていたことがあります。(正確に再現できていないかも知れませんがご容赦を)

一方、一般的な法律雑誌などでは、弁護士や学者そして官僚や大企業の法務部課長クラスでないと、法律に関係することについて表現する機会を得ることは難しいのが現状ではないかと思います。
私はずいぶん前からこの状況に疑問を感じていて、何の「権威」もない私のような人間の拙い論考などを発表する場を作りたいなあ、などとぼんやり考えていました。つまり法務系同人誌のようなものですね。(私の場合は「権威」だけでなく「内容」もないのですが)
もちろんBlogという場で発表することは、いつでも誰でもできるのですが、「権威」に対するアンチテーゼの意味も込めて、「出版」という形が望ましいと考えていました。

これは「ITエンジニアのための『契約入門』」という形で、気がついたら実現していました(「権威」に対するアンチテーゼという意識や意味合いは全くありませんでしたが)。

つまり、Appleの提供するプラットフォームに乗ることによって、「出版」という表現の場を持つことができたわけです。
そしてApple、amazonやGoogleなどは、いかに自分たちの提供するプラットフォームにお客を集めるか、ということに、今まさに凌ぎを削っている真っ只中です。
これはmixi、GREE、モバゲーという日本のSNSでも同様です。

このようにして「プラットフォーム戦略」は、気がつくと身の回りに溢れていて、いろいろな企業がより魅力的なプラットフォームを構築しようと励んでいるんですね。
そこに参加するにも、プラットフォームを提供するにも、「プラットフォーム戦略」の考え方を知っておくことは、もはや避けて通れないのではないでしょうか。


さて、著者は本書で、プラットフォームには5つの機能があるといいます。
それは以下のとおり。
①マッチング機能
②コスト削減機能
③検索コストの低減機能(ブランディング・集客機能)
④コミュニティ形成による外部ネットワーク効果・機能
⑤三角プリズム機能

そして「勝てるプラットフォーム」を作る際の重要なポイントとして以下の3つを挙げます。
①自らの存在価値を創出すること(検索コストと取引コストを下げる)
②対象となるグループ間の交流を刺激すること(情報と検索)
③統治すること(ルールと規範を作りクオリティをコントロールすること)

③の「統治すること」というのは意外かも知れません。
しかし、「そのプラットフォームがもつ特徴と、集まっているグループのクオリティが一定であることを維持、進化させていくことが大切」ということで、例えば時に"検閲"とまでいわれるAppStoreの品質維持の取組みを正しい戦略であると評価しています。


さらに、「プラットフォーム構築の9つのフレームワーク」として、プラットフォームを構築するまでの9つのステップが紹介されており、上記目次「2.」のとおりの項目が挙げられています。
この部分は本書のキモとなる部分ですが、一つ一つ紹介していればキリがないほど、有益な情報や考え方が詰まっているので、是非本書を手に取って読んで頂きたいところです。
1ヶ所だけ引用すると、


この際によくいわれるのが「にわとりと卵の議論」です。つまりにわとりがいるから卵が生まれたのか、卵があるからにわとりが生まれたのかという比喩のように、よいコンテンツがあるから人が集まるのか、人がいるからよいコンテンツが集まるのか、という問題です。べつの言い方をすればポジティブ・フィードバックの1回転目をいかにして起こすかという問題です。


この最後の一文は示唆に富んでいて、私に貴重な「モノの考え方」を教えてくれました。


そして著者は、こうしてできあがたプラットフォームは、「プラットフォームの横暴」と呼ばれる3つのパターンの道を辿る傾向があるといいます。
それは、
①利用料の値上げリスク
②プラットフォーマーによる垂直統合リスク
③プラットフォーマーが顧客との関係を弱体化させるリスク
の3つです。
特に①の「利用料の値上げリスク」は、私たち法務担当者としてもプラットフォームに参加する時点から、自社の担当者と情報をよく交換したうえでリスクを想定し、契約書に反映させておく必要のある部分ではないかと思います。(プラットフォームを提供する場合も同様です)

著者も、楽天市場を例に挙げて以下のように言っています。


参加している店舗側の交渉力はきわめて小さくなってきているのが現実です。後にお話するように、本来はこうした事態を予測し、契約書などで自社のビジネスを守る対策を加入時にとるべきだったのです。



また、有名なトイザらスとアマゾンの訴訟の話についても以下のように評価しています。


このケースにおけるトイザらスの戦略の失敗はどこにあったのでしょうか。
2000年の契約前においては、玩具販売小売全米トップのトイザらスはアマゾンよりも圧倒的に優位な立場にあったはずです。つまり、契約上の甘さがあったといえるでしょう。
(略)
ではこの場合、トイザらスはどのような契約交渉をすべきだったでしょうか。
たとえばですが、独占契約条項とともに、それに違反した場合の損害額をあらかじめ明記すること、あるいは競合のほかの小売店からあがる売上の一部からもレベニューシェアを得るような、玩具部門におけるプラットフォーム・オン・プラットフォームの可能性を交渉すべきだったといえます。まだアマゾンがそれほど大きなプラットフォームになっていなかった段階であれば、十分に交渉の余地はあったのではないかと思うのです。



このように、プラットフォームというものの重要性が増してきている今日、法務担当者である私たちも「プラットフォーム戦略」の概要は理解しておく必要があるのではないかと思います。
そして自社がプラットフォームを提供するとき、プラットフォームに参加するとき、目先の利益に飛びついてしまうことのないよう注意する必要があります。
そして長期的な視点から、不利な契約を締結してしまうことのないよう、プラットフォームというビジネスの本質を見る「目」を鍛えておきたいものです。
このエントリーをはてなブックマークに追加

民の見えざる手 デフレ不況時代の新・国富論民の見えざる手 デフレ不況時代の新・国富論
(2010/07/14)
大前 研一

商品詳細を見る


今回も相変わらずの大前節がいかんなく発揮されています。
相変わらずと言えば、相変わらずなのですが、大前研一さんの場合はブレないところが大きな魅力でもあるので、やはり本質的な部分は「相変わらず」であったほうがいいのでしょう。

とはいえ今回俎上に上がっているのは、2010年夏時点の国内外の政治経済です。
「相変わらず」のブレない大前節で、いま現在の政治経済が語られる本書は、読んでおいて損はないでしょう。


一部の経済学者などからは、「経済のことがわかっていない」「決め付けが多い」などと批判されることもある大前研一さんですが、彼はコンサルタントであって学者ではないので、そこはそれ。学術的な緻密さを求める場合は、別の著者の本を読めばいいのではないでしょうか。
少なくとも、
「大前さんはそういうふうに見てるのね」
ということをいつも楽しみにしている私のような人は少なくないはずです。


さて、例によってamazonから目次を引用します。


プロローグ 経済学は、もう未来を語れない
第1章 (現状認識) “縮み志向”ニッポンと「心理経済学」
第2章 (目前にある鉱脈) 拡大する「単身世帯」需要を狙え
第3章 (外なる鉱脈) 「新興国&途上国」市場に打って出る
第4章 (規制撤廃が生む鉱脈) 真の埋蔵金=潜在需要はここにある
第5章  (20年後のグランドデザイン)  「人材力」と「地方分権」で国が変わる
エピローグ そして個人は「グッドライフ」を求めよ



目次に出てくる言葉も、いつもの大前さんですね(笑)
とはいえ「超セレブな」というような表現をされているところもあり、対象としている読者層は20代から30代前半くらいの若手ビジネスパーソンだということが推測できます。

本書では、リーマン・ショックからギリシャ危機、そして日本での政権交代と菅政権の誕生といった、ここ2年ほどの間に起こった事象を踏まえたうえで、国内外の政治と経済が語られています。
たいていの本では、このようなときに引き合いに出されるのは、欧米+BRICsの話題がせいぜいなのですが、大前さんの場合はウクライナやマレーシアといった、他のビジネス書ではそう多く紹介されないような国についての現状も書かれているところがミソです。
エネルギッシュに海外に出かけていかれる大前さんならではでしょうか。

今回も「相変わらず」、ロシアとの良好な経済関係を構築しろ、中国との付き合いを大切にしろ、韓国人を見習え、といったお約束の話題も出てきます。
しかし興味深かったのは、「韓国はあと10年」という話。
日本以上に少子高齢化が進み、国内で積み重ねてきたものも多くないだけに、韓国の勢いはそう長く続かないだろう、というような話でした。

そしてエピローグでは、第5章までで語ってきた、日本と世界の政治や経済状況の下、「個人がどう生きるか」について述べられています。
この部分は、大前さんの他の著書などをよく読まれている方にとって、特に新鮮な話題はないのですが、「為政者がダメな以上、クーデターを起こすしかない」という記述があり、少し驚きました。
読んでみるともちろん「武力によるクーデター」を推奨しているわけではありませんでしたが、私たち日本国民が個人でできる「クーデター」について、3つの方法が紹介されています。
そのうちの一つが、ハイパーインフレに備えて現金をモノに換えておき、長期固定金利で借金をしておけ、というものです。同様のことは随分前から藤巻健史さんもおっしゃってますね。
藤巻さんの場合は「ゆるやかなインフレが起きる」というような言い方だったように記憶していますが、やはりそれに備えておく必要性を主張していらっしゃいました。
(最近出版された『日本破綻 「株・債券・円」のトリプル安が襲う』は買ったまま読んでいないのですが、おそらく主張内容の根幹は変わってないものと思います)

というわけで、大前研一さんのこの手の本は、定期的に出版され、定期的に読まれる、というのがちょうどよく、私にとってもほどよいお付き合いの仕方だと思っています。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コーポレート・ガバナンス 経営者の交代と報酬はどうあるべきかコーポレート・ガバナンス 経営者の交代と報酬はどうあるべきか
(2010/01/21)
久保 克行

商品詳細を見る



サブタイトルにもあるように、コーポレート・ガバナンスを主に「経営者の交代と報酬」という切り口から語った一冊です。
先日ご紹介した伊丹敬之先生の「日本型コーポレートガバナンス―従業員主権企業の論理と改革」は、戦後から2000年当時までの日本企業の状況と、会社法(正確には商法中、いわゆる「会社法」とよばれていた部分)を分析し、新しいコーポレートガバナンスのあり方を具体的な制度にまで落とし込んで提案するものでありました。
そこでのポイントは「主権論」、つまり会社の主権者は誰か、ということをきちんと議論してはじめて、「メカニズム論」、どのようにしてガバナンスを行うか、ということを議論することができるというものでした。

今日ご紹介する久保先生の一冊は、現行の制度下においていかにコーポレート・ガバナンスを機能させるか、という視点から書かれています。
つまり、株主主権を前提としていると考えられる現行会社法のもとで、どのようなメカニズムを組み立てるか、というところからスタートしています。
そしてご自身や先人の行ったデータ分析を基に、「経営者の交代と報酬」によって、コーポレートガバナンスを機能させることを提案されています。

ところでこの本、タイトルから受ける印象とは異なり、会社法や経営に関する知識があまりない方でも、「ふむふむ」と読めてしまうのではないかと思える、非常に親切な仕上がりとなっています。
「難しい話をやさしく書く」ということに著者が砕身されたのだろうと思います。


さて、まず目次を引用してみます。


第1章 なぜコーポレート・ガバナンスが問題なのか
1 世界経済危機から考えるアメリカ型企業システム
2 所有と経営が分離している理由
3 経営者を規律づける監視メカニズム
4 データの制約について

第2章 社長交代の是非と後任選び
1 経営者の交代はどの程度必要か
2 市場の動きから見る社長交代
3 経営者の交代確率とその理由―誰から誰に引き継がれるのか
4 業績の悪い経営者は本当に交代しているのか
5 社長交代の業績比較―誰に代わるのが良いのか
6 良い経営者を選抜し、悪い経営者を排除するには

第3章 経営者は十分なインセンティブを与えられていない
1 経営者の報酬を探る
2 役員報酬の実態
3 経営者にも成果主義を
4 業績と報酬の関係はアメリカと比べて非常に小さい
5 海外の経営者報酬
6 望ましい経営者インセンティブとは

第4章 取締役会改革で業績を向上させる
1 取締役会は経営を監視しているか
2 取締役会の現状を数値で検証する
3 取締役会は業績向上に貢献するのか?
4 取締役会改革が必要な企業
5 銀行派遣取締役の役割と効果
6 取締役会改革を進めよ

第5章 企業は誰のものか
1 「日本の会社」は誰のために経営されてきたか
2 企業が危機にあるときに削減するのは雇用か配当か
3 会社は誰のものである「べき」か
4 経営者を規律づける最もよい方法



上でご紹介した伊丹先生の著書は、「従業員主権企業」という言葉がサブタイトルに含まれることから想像できるように、ドイツを中心とした欧州企業の事例が多く紹介されています。
翻って本書は、「経営者の報酬」というテーマや上記の目次をごらん頂くとおわかりになるように、米英企業の事例が多く紹介されています。
現在の日本における「独立役員」「社外取締役」「委員会設置会社」「従業員選任監査役」などの話題は、欧州や米英の制度をごちゃまぜにして引っぱってきている感が強いので、両方の事情を知っておくと理解が促進されるのではないかと思います。

まず、本書において久保先生は、「コーポレート・ガバナンス」を次のように説明します。


組織が成功するためには有能なリーダーが必要であろう。そして選任したリーダーに適切な目標とインセンティブを与えること、さらに、リーダーは期待された業績が達成できない場合には解任することが不可欠である。このようなメカニズムは、現在日本の企業でどの程度機能しているのだろうか。また、企業の成功・失敗とこのような経営者に対する監視メカニズムにはどのような関係があるのだろうか。これらの問題を考えるのがコーポレート・ガバナンスである。



そして、コーポレート・ガバナンスに関して重要なことは、

①経営者の交代
②金銭的なインセンティブ

という「二つの単純なメカニズム」であると主張されています。
ここでは「会社は株主のもの」ということが、とりあえずの前提となっています。


さて上記の、コーポレート・ガバナンスに関して重要な「二つの単純なメカニズム」についてですが、

日本の大企業では、業績と社長交代の関係は非常に弱いことがデータ分析の結果、確認できた。具体的には、ROAが8.08%下落したとしても、社長が交代する確率はわずか4.77%しか上昇しない。



経営者が企業業績を向上させるインセンティブを持つためには、経営者の所得と企業の業績の関係が強いことが望ましい。この観点からみると、日本の大企業の経営者は十分なインセンティブを持っていない。データ分析の結果、企業の業績が著しく向上しても、著しく劣化しても、経営者の所得はほとんど変化しないことが示された。



と、いずれも日本の大企業では「二つの単純なメカニズム」が機能していないことを指摘されています。
そして取締役会の改革を進めることによって、これらの現象の根本にある問題を解決することを提案されています。
特に後者、「金銭的なインセンティブ」については以下のような主張が興味深いところです。


所有と経営を分離させた状態で経営者の努力をコントロールする手段として、経営者の金銭的なインセンティブが重要となる。
(中略)
アメリカの経営者の報酬がストック・オプションなどを通じて巨額であることは良く知られている。このような巨額な報酬は、アメリカでも激しい批判を浴びているが、コーポレート・ガバナンスの観点からは、多額のストック・オプションを付与することは、必ずしも悪いとはいえない。
(中略)
役員報酬が適切かどうかを判断する一番の基準は、「いくらもらっているか」ではなく、「業績の変化に応じて変化するかどうか」である。


(強調部分は管理人によるものです)

もちろんここでは、「短期的な業績を重視し過ぎる弊害」を考慮する必要もあるでしょうが、確かにもっともな主張だと思います。
今年(2010年)3月31日決算の会社から、1億円以上の役員報酬を受けている場合は開示が要請されるようになりました。
色々な意味で批判の多いこの制度ですが、1億円という基準は別として、役員報酬の開示自体は、上記のような考えからすると確かに有益なものかも知れません。

最後に、「企業は誰のものか」という問いに対する著者の回答を引用したいと思います。


いわゆるステークホルダー論を実現することは容易ではないことがわかる。従業員と株主に加えて、取引先など他の利害関係者の利害もすべて考慮する形で経営することは望ましいが、実現が著しく困難である。「企業の目的は株主価値を最大化することである」と規定することで、これらの困難は克服することができる。すなわち、株主価値を向上させる経営者が良い経営者であり、経営者が株主価値を最大化するための規律づけのメカニズムも存在する。これらのことから、株主価値を最大化することが、ファースト・ベストではないが、セカンド・ベストであると考えることができる。


(強調部分は管理人によるものです)

最終章でさらりと、「従業員代表を取締役会に送り込むことに対する著者の意見」が、日本の労働市場の問題と併せて述べられているのも興味深いところ。

コーポレート・ガバナンスを考える際には、是非読んでおきたい一冊です。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ