イトーヨーカドーの本屋をぷらぷら眺めていて、「椎名さんの本が出ているな」と何気なく手に取った一冊。
表紙の写真におさまる椎名誠さんがだいぶ痩せて見え、オビにある「79歳」という言葉に時の流れを感じつつ、パラパラとページをめくってからレジに持って行きました。
思い返してみると、最後に椎名誠さんの本を買ったのは10年ほど前、「ぼくがいま、死について思うこと」の単行本でした。
エネルギーの塊のような椎名さんと「死」という言葉があまりに不釣り合いな気がしたものの、単行本のオビに「69歳。」と当時の椎名さんの年齢が大きく書いてあり、「そうか、椎名さんも69歳か」と、やはり時の流れの早さに恐れおののきつつ買ったことを覚えています。
とはいえ、当時30代後半だった僕にとって、まだ「死」というものはどこか自分とは縁遠いもののように感じられていたことも確かでした。
この「ぼくがいま、死について思うこと」の表紙の写真の椎名さん(単行本ではオビのモノクロ写真)は、昔と変わらず、やはり精悍な中に優しさが感じられてかっこいい。
一方で今回買った「失踪願望。」の表紙の椎名さんは、これまで見たことのない雰囲気だったこともあり、「椎名さんも78歳か」と、つい手に取ってみたわけです。
前置きが長くなったけど、「失踪願望。」の話。
前半は2021年4月から2022年6月までの日記で、後半は「三人の兄たち」「新型コロナ感染記」という書き下ろしエッセイです。
前半の日記部分のさらに前半は、いつ終わるとも知れないコロナとの闘いに世の中が閉塞感に包まれていた時期だったからか、椎名さんが6月に新型コロナに感染し生死の境を彷徨ったということもあってか、少し暗く重たい印象を受けましたが、後半になると徐々に明るい雰囲気が漂ってきます。
最後の「アオムシ君」の話は秀逸でした。
書き下ろしの「三人の兄たち」は、椎名さんの実兄、昨年亡くなったカヌーイストの野田知佑さん、会社員時代の先輩、いずれも椎名さんの6つ上の「兄」についてのお話。
このごく短い私小説のようなエッセイがとても面白かった。
特に野田知佑さんとのエピソードは、どれもお二人の強さの中に垣間見える優しさや繊細さが素敵でした。
「新型コロナ感染記」も、入院中の椎名さんの繊細な心の動きが描かれていて、「椎名さんも一人の人間なんだな」と、妙な安心感を感じながら読みました。
最後にあとがきで明かされる、入院中に苦しめられた「通りゃんせ」のくだりも良かった。
そんなこんなで久しぶりに椎名誠さんの本を書い、毎日寝る前に少しずつ読むのがこの一週間の楽しみでした。
そしてこれは僕の癖でもあるのですが、音楽でも本でも「この人」と思うと片っ端から聴いたり読んだりするもので、これまで読んでなかった椎名さんの本を求めて二子玉川の本屋まで出掛け、数冊まとめ買いして帰りました。
10年前に途中まで読んで本棚に置いていた「ぼくがいま、死について思うこと」を読み直し、「遺言未満、」を読み、今朝から「家族のあしあと」を読んでいます。
そして、なかなか処分できずに部屋の片隅に積んでいた、学生時代に読んだ椎名さんの文庫本を引っ張り出してきました。
「ハマボウフウの花や風」に収められている「倉庫作業員」や、「雨がやんだら」という小説が、特に好きでしたね。
ちなみに「風にころがる映画もあった」というタイトルの本が写真右上のほうにありますが、実はこのブログの「風にころがる企業ホーマー」は、この本のタイトルから拝借したということを、今さらながら告白しておきます。